海外営業物語!アメリカのど田舎で英語が通じなかった話

海外営業物語

アメリカ駐在

慣れないビジネスクラスでアメリカの地に降り立った俺。通常、海外出張はエコノミークラスしか使用できないが、今回ビジネスクラスで優雅に渡米出来たのには理由がある。今日から俺はアメリカの駐在員なのだ。

上司から駐在の打診を受けたのは、きっかり3ヶ月前だった。まだ入社して5年目。後輩の指導役など仕事を精力的にこなしてきた自負はあったが、まさか任期3年の駐在員になるとは思ってもいなかった。正に青天の霹靂と言うやつだ。

色々考えを巡らせたが、独身の自由な身分で給与も上がり、会社での評価も上がる。駐在を断る理由は1つもないと感じた俺は、2つ返事で上司の申し入れを受け入れた。それから2ヶ月ちょっとで駐在の準備を急ピッチで進め、今日アメリカの地に到着した訳だ。

「いよいよだな」

俺は襟を正す思いで、長期滞在社用のホテルへ向かった。

生活の準備

英語に自信があった俺は、その後の生活準備で困る事はあまりなかった。日本人が経営している不動産屋を通じて気に入ったコンドミニアムを見つけて契約し、IKEAで購入した家具を搬入して寝所を確保。その後、テレビやインターネット(COMCAST)の手配を完了し、駐在開始3週間後には立派な生活圏が出来上がっていた。

やはりネイティブが話す英語は早いし、スラングも多い。時々何を言っているか分からない時もあったが、基本的に意思疎通で大きく困る事はなかった。強いて言うなら、電話での聞き取りは声が割れて聞き取るのが難しかったので、なるべく対面で話すように心がけていたくらいである。

今回駐在する現地法人は従業員100人の会社だが、日本人駐在員は俺を含めてたった3人だった。二人とも40代の家族持ちで、職種はエンジニア。営業の俺と違って、エンジニアの2人は英語が苦手で、日々の生活には相当苦労しているようだった。英語が話せないと、スーパーでの買い物ですら大変だ。俺は自分が英語を話せる事を幸運に思った。

外国人慣れしていないアメリカ人

現地法人はダウンタウンから100キロ程田舎に向かって走った場所に位置し、はっきり言って「ど田舎」と言う単語がピッタリの辺鄙な場所にあった。英語で言うと、「City」ではなく「Town」だ。人口約千人の小さな村で、ランチを食べる場所はマクドナルド、ハンバーガー屋、中華、サブウェイしかなかった。

駐在員はもっと華々しいものだと思っていたが、どうやらそれはイメージに過ぎないらしい。都会のオフィスでスーツを着こなして仕事をするウォール街の人間とは程遠いが、それでも駐在員は駐在員である。高い給料を貰って、住居費も会社持ち。金銭的に恵まれているし、何より会社での評判を高める絶好のチャンスだった。

「3年間がんばろう。」

俺は心に誓った。

早速現地法人の玄関をくぐった俺。今日から世話になるアメリカ人社長と日本人駐在員に挨拶をしたが、俺が若い事に随分驚いたようだ。前任の駐在員は入社15年目の中堅社員だったからだろう。前任者と比較すると、入社5年目の俺は確かに若い。

今回俺が駐在員に選ばれた理由は、非常にシンプルだった。と言うのも、他に2人も候補者がいたにもかかわらず、どちらも駐在を断ったのだ。駐在は家族持ちには非常に負担が大きい。子供の学校の問題もあるし、慣れない地で家族のメンタルケアにも気を配る必要がある。候補者二人に無理強い出来なかった為、会社も俺に白羽の矢を立てたのだった。

役員への挨拶後は、各部署の担当者へ挨拶回りをした。これから同僚として毎日一緒に仕事をする仲間だ。良い関係を築いておく必要がある。ところが、挨拶回りをしていると、俺は不思議な事に気づいた。どうも、この会社の社員は俺と目を合わせて話をしてくれる人が少ない。

「アメリカ人はみんな豪快で、目を見てゆっくりと話すと思っていたが・・・」

後で知ったのだが、人口千人の小さなこの村では、人生で一度も海外に行ったことが無い人も多いらしい。「ガイコクジン」と言う人間に会ったこともない人も多い。アメリカは「人種のるつぼ」と言われるが、それはニューヨークなどの大都市であって、この小さな村には当てはまらないようだ。

彼らは俺を嫌っているのではなく、そもそも日本人と話した経験がない為、恥ずかしがっているようだった。端的に言うと、「人見知り」だ。アメリカにも「人見知り」がいると知った俺は、不思議な感覚に襲われた。

サーティー事件@ガソリンスタンド

人見知りについて学んだ俺。ただ、俺の学習はそこで終わらなかった。会社の帰りに近くのガソリンスタンドで給油をしようとした時のことだ。ガソリンを30リットル購入するため、レジの店員に俺はこう伝えた。

「Number 2, 30 liters」

アメリカのガソリンスタンドにはそれぞれのポンプに番号が振られており、どのポンプで何リットルのガソリンを購入したいかを伝えれば、店員が言った通りに設定してくれる仕組みだ。俺は、前任の駐在者から引き継いだ通りにガソリンを注文した。

ところが、どうやら俺の発音が悪かったらしく、30(サーティー)と何度言っても通じない。まぁ無理もない。当時の俺は大学時代にイギリス人の教授に英語を教わった関係で、イギリス英語の発音だったからだ。

さて、困った俺はグローバル言語であるジェスチャーで伝える事にした。右手で指を3本立て、その次に親指と人差指でゼ「0」のマークを作る。これで、誰がどう見て「30」だと伝わるだろう。案の定、ジェスチャーを見た店員は「Okay」と言って、2番のポンプに30リットルのガソリンが出るよう設定をしてくれた。

店員とのやり取りが上手く行って安心していた俺に、突如この店員はこう言い放った。

「あんた、ここの地元民じゃないだろ?」

店員の顔を見ると、彼は嫌味っぽい笑顔を浮かべていた。ここは人口千人の町で、居住者の9割は田舎育ちの白人だ。俺の顔を見て欲しい。どう見てもアジア人で、英語もネイティブの発音には程遠い。どこからどう見ても、俺は地元民じゃないと分かるはずだ!当然、この店員もそれを分かって、わざと俺に皮肉を言っているのだ。

「アジア人の出稼ぎ労働者よ。さっさとこの町から出ていけよ。ここはあんたが来るような所じゃないんだよ」

店員のイタズラっぽい目は、俺に向かってそう言っているように見えた。

こんな奴と言い争ったって時間のムダだ。俺は怒りを抑えて、自分の車に給油するために外へ出た。自由の国アメリカ。平等の国アメリカ。夢の国アメリカ。どれも正しい描写だが、アメリカ人全員が気さくで、平等で、差別をしない訳ではない事を、俺は今日身をもって学んだ。

30リットルのガソリンを給油した後、車の運転席に座ってエンジンをスタートした俺。駐在はまだ始まったばかりだ。

「ちょっとやそっとの差別に負けてたまるかよ」

俺は闘志に火をつけて、国道90号沿いを家に向かって走り出した。

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K

共働きの妻と愛する子供を持つバイリンガルパパ(TOEIC950点、英検1級)。家事、育児、仕事と毎日忙しく奔走中。忙しすぎて風邪でダウンする事が時々ある。10年の海外営業経験を活かし、ブログでは英語学習のノウハウ、幼児英語教育(おうち英語)、海外営業の関する情報を提供しています!