海外営業物語!駐在員は日本とアメリカの板挟み!?

海外営業物語-12

テレビ会議の前

7月の第3水曜日。アメリカ国民にとってはただの平日だが、新製品開発のプロジェクトメンバーにとっては非常に大事な日だ。日本との月次テレビ会議の日である。

2年後に発売する新製品を開発するため、俺は事業企画部の一員としてアメリカの子会社をまとめ、毎週社内進捗会議を開いている。そして、海外子会社の状況を月に一回日本に伝えるイベントが、この月次テレビ会議なのである。

アメリカと日本には14時間の時差がある。お互いの定時時間にテレビ会議を開催する事は出来ない為、会議時間は米国時間18時~19時(日本時間8時~9時)と決まっている。お互いが少しづつ残業する形で譲歩して、バランスを取っているのだ。

月次テレビ会議には、日本からは技術部が、海外子会社からは各部署のプロジェクトメンバーが参加する。新製品開発は、会社の将来を担う大切なプロジェクトだ。当然、俺だけでなく、技術部駐在員の市田さんと、製造部駐在員の土橋さんも出席する。正に総力戦だ。

テレビ会議の進行は基本的に英語で行うが、全員が英語を堪能に話せる訳では無い。言語的な問題で意思疎通が上手くいかない時こそ、駐在員の出番だ。日本人の得意分野である空気を読む能力を活用して、通訳や、言い争いの仲裁をする。市田さんも土橋さんもそこまで英語が話せる訳では無い。通訳関係の仕事は、正に海外営業の俺が担当する仕事だ。

海外駐在員は、非常に特殊な仕事である。極論を言ってしまえば、駐在員なんていなくても日米の会社が上手く意思疎通出来るのであれば、駐在員は必要ない。この様な事情のため、駐在員は駐在し始めた時点で、特に決まった仕事はないのである。

では駐在員の仕事は何かと言うと、「仕事を見つける」のが最初の仕事である。日米のやり取りの中で自分が貢献出来る点を見つけ、そこを重点的にカバーする。1つの仕事に慣れたら、また1つ追加で自分の仕事を見つけ担当する。これが駐在員の仕事だ。

俺は昔から、英語を使ったコミュニケーションは誰にも負けない自信があった。だからこそ、このプロジェクト会議で通訳等のヘルプをするのは、俺の役目だと自負している。

テレビ会議の日は、全員が19時まで残業する事になる。日本人にとっては大した事は無いが、残業慣れしていないアメリカ人には、結構な負担である。彼らは毎日同じ時間に帰宅し、家族との時間を大事にする。19時まで残業するという事は、今日は子供と夕食を楽しむ事が出来ない事を意味する。

残業すると分かっているからだろう、今日は普段より更にアメリカ人社員の雑談が多い印象を受ける。俺のデスクからは高いパーティションが邪魔で見えないが、聞き慣れた声が業務外の話をするのが聞こえて来る。

日本だったら業務に関係のない雑談は止めるよう指導する所だが、ここは異文化の地、アメリカである。彼らは残業を我慢しているのだ。日本的なノリで、安易に叱りつける訳にはいかない。

雑談を片耳だけで聞きながらキーボードを叩いていると、あっという間に時は経つ。気付けばもう17時半過ぎだ。

「そろそろだな。」

俺はテレビ会議の準備をするために、役員室に向かって階段を降りた。

言い争い

プロジェクトの推進役である事業企画部は、決して華々しい仕事だけを担当している訳ではない。テレビ会議の機材準備も立派な業務の1つだ。四月に駐在を始めて以来、テレビ会議はこれで4回目。俺は慣れた手つきで機材の準備を終え、役員室で他の参加者の到着を待った。

アメリカ人は比較的時間を守るが、5分前行動を心がける日本人には敵わない。この日も18時の時点で日本人出席者は全員揃っていたが、アメリカ側は2名遅刻した。定刻になった為、二人を待たずして会議は始まった。

司会進行は俺の上司であるジョンの仕事だ。彼は慣れた口調で挨拶と世間話から始め、アメリカ側の参加者を一人ずつ紹介して行く。日本側も同じ様に参加メンバーを紹介し、すぐにプロジェクトの進捗状況の説明に入った。

ジョンがアメリカ側の状況を淡々と説明し終えた時、時計は18時40分を指していた。

「今日はすんなり終わりそうだ」

俺がそう思い始めた時、事件は起こった。日本側のプロジェクトリーダーが、突然試作部品の図面作成が間に合わないと言い出したのだ。日米共同で進めているこのプロジェクトでは、図面を日本とアメリカの技術部で分担して描いている。各会社の図面を最終的に持ち寄って合体させる事で、新製品を完成させるのだ。

ところが、日本側でこの作業が遅れており、今の状況では目標とする日程に全く間に合わないらしい。

「恐らく、2、3ヶ月は遅れると思います。」

日本側のプロジェクトリーダーは言った。

「3ヶ月!?」

アメリカ側に衝撃が走る。アメリカでも多少の遅延は起きているが、せいぜい2週間程度で、それも後工程に影響を及ぼさないレベルの話だ。担当部署が巻き返しを図れば、キャッチアップも可能である。

一方、日本側が言っている3ヶ月の遅延は明らかに致命的な遅れだ。一度でも3ヶ月間遅れてしまったら、その時間を取り戻すのは不可能に近い。土橋さんやジムを中心に信じられないという表情をしている中、事業企画部のジョンが口を開いた。

「3ヶ月の遅延はマズイ。アメリカで年末に実施予定の試作品の評価会に間に合わないじゃないか。これだけの遅延が発生した理由は何だろうか?」

この質問を聞いて、日本側のプロジェクトリーダーは日本語で周囲の同僚と話し始めた。どうやら、回答内容を議論しているようだ。

「素直に答えるべきか?」

「いやいや、あの話は出来ないだろう。」

「でも、それじゃあ説明がつかないのでは?」

議論はまとまらない。そんな中、日本側のメンバーの一人が口を開いた。

「アメリカ側もこの前1週間遅れてただろ?お互い様じゃないか?あ、そうか。1週間と3ヶ月とじゃ釣り合わないか・・・」

彼は場を和ます為に、自虐的な冗談を言った。テレビを通じて、日本側から小さな笑い声が聞こえてくる。その笑い声を聞いた瞬間、俺は今日のテレビ会議が長くなることを覚悟した。

日本とアメリカの文化の差なのだが、日本人は意味の無い所で冗談を言ったり、照れ笑いをして誤魔化そうとする傾向がある。

「私はあなたを傷つけませんよ。あなたの敵ではないですよ。そんなに深刻な顔をしないで下さい」と言う意味合いでこの様な態度を取るケースがあるのだ。人によっては、薄ら笑いを浮かべる時もある。

一方、アメリカにはこの文化は存在しない。彼らは楽しい時は手を叩いて大笑いし、深刻な話をする時は眉間にしわを寄せて深刻な表情で話をする。

全ては文化の違いであり、どちらが正しいとか、間違っていると言う類の話ではない。しかし、日米間のテレビ会議で深刻な議論をしている時に、意味の無い冗談を言うのは良くない。まして、アメリカ人は日本語が分からないのだから、余計に誤解を招くリスクがある。アメリカ側がこれ程深刻な議題を議論しているのに、日本側はその深刻さを全く理解していないと捉えても当然だ。

案の定、エンジニアのジムは小言でブツブツと呟きながら首を横に振っている。日本側で笑い声が起こった事で、彼は自分が軽んじられていると感じたのだ。同じ気持ちは、アメリカ側のメンバー全員が共有していた。彼らはリーダーのジョンを見つめている。

「何かおかしな事でもあったのかい?  」

ジョンは静かに質問した。しかし、その声には隠し切れない怒りが含まれている。

「いや、おかしな事は何もない。遅延が発生した理由は、こちらの人員不足が原因だ。」

日本側のリーダーは、落ち着いた口調で答えた。ジョンの表情を見て、マズイと感じたのだろう。しかし、残念ながら「時既に遅し」である。

「もしおかしな事がないなら、どうしてクスクスと笑い声が聞こえるんだ?遅延は3週間だ!このままだと評価会が開催出来ないじゃないか!もう評価会の招待状はディーラーに出してるんだぞ!この状況のどこに笑う要素があるんだ?俺に教えてくれよ!!」

日本側の表情が一気に深刻になった。ジョンは完全に怒り心頭に達していた。

「いや、違うんだ。さっきのは冗談を言っただけで・・・」

「この状況で冗談を言う余裕がどこにあるんだよ?3ヶ月の遅延なんだぞ!この深刻な事態をどう乗り切るかが今日のポイントじゃないのか?つまらない冗談を言うのが今日の目的か?ふざけてもらっちゃ困る!!」

事態は急速に悪化し始めていた。日本側が不用意に冗談を言ったおかげで、アメリカ側が激怒している。怒るのも無理はない。当然の事である。

駐在員はこの様な状況でこそその真価が問われる。俺はすかさず仲裁と事態の沈静化を試みた。

「ジョン、彼らは決してこのプロジェクトをやる気が無いわけでは無いんだ。言葉の壁もあって、意図が上手く伝わらな・・・」

俺は自分が持ち得る最速スピードで英語を話し、ジョンをなだめ始めた。しかし、ノン・ネイティブスピーカーと生粋のアメリカ人では、やはり英語力の差は歴然だ。俺が発言を終える前に、ジョンは怒鳴り始めた。

「そんな事あるわけがない。あいつらは3ヶ月の遅れを発生させながら、ヘラヘラ笑って誤魔化しているじゃないか!本当に真剣にプロジェクトに望んでいたら、そんな態度は取らないだろう?俺だったらそんな態度は絶対に・・・」

「ジョン、聞いてくれ。まずは落ち着く事が重要だ。彼らの真意を聞いたみようじゃないか。英語は彼らにとって第二外国語だ。まずは彼らの発言を最後まで聞こう。」

俺はそう言うと、すかさず日本側のプロジェクトリーダーに日本語で話しかけた。

「すいません。3ヶ月の遅れですが、このままでは評価会が成り立ちません。何とか挽回する方法はあると思って良いですね?」

俺は心の中でガッツポーズをした。「これだ!こう言うコミュニケーション・ミスを是正する事こそ、駐在員の仕事、俺の得意分野だ。まずは日本語で話をまとめ、その後俺が丁寧な英語でアメリカ人に説明すれば、ジョンもジムも納得してくれるだろう。よし、俺の存在価値を示せたぞ。」

しかし、俺の目論見はすぐに崩れる事になる。日本語を話せる状況になったプロジェクトリーダーは、すぐさま反論を始めたのだ。

「いやいや、遅延は多少縮める事はできても、今の評価会日程じゃ成り立たないのは一緒だよ。第一、評価会評価会と偉そうに言ってるけど、その日程はアメリカが勝手に決めたものだろう?事前に打診もなく予定を組まれても、こっちだって対応出来ないよ。」

俺は唖然とした。言いたい事は分かるが、お互いを責めあったら永遠に議論は平行線だ。この人には、事態を収束する気はないらしい。徹底的にケンカをするつもりだ。言い争いなどしたくないが、俺にはもう引きようが無かった。俺は、勢いに任せて言った。

「そんな事を言い出したらキリがないでしょう。今は何とかする方法を考えるべきではないですか?」

「だったら、Kさんが図面書いてくれますか?こっちだって精一杯やってるんだ。手伝って下さいよ。」

プロジェクトリーダーは吐き捨てる様に言った。エンジニアでもない俺に図面を書けと言うのは、完全な暴論だ。明らかに人を小馬鹿にした態度だ。俺は彼とこれ以上言い争っても無駄だと考え、ジョンの方を見て首を横に振った。ジョンは俺の目を見て、すぐに意図を理解したようだ。

(今議論しても無駄だ。もうテレビ会議はやめよう。)

ジョンは少し落ち着いた口調で、テレビ会議で話した決定事項を淡々とおさらいし、会議を終了した。

帰宅

時刻は19時半を回っていた。テレビ会議が言い争いで幕を閉じたのが19時前。だが、テレビ会議を終了しても参加メンバーの怒りは収まらない。アメリカ側のプロジェクトメンバーはそのまま役員室に残り、日本側に対する不満をぶちまけていた。

ここで不満や愚痴を言った所で何か改善する訳ではないが、全員腹の虫が治まらなかったのである。

「あいつら、ヘラヘラ笑って何様なんだ?」

「3ヶ月も遅れるなら、もう少し前に分かるはずだろ。さては今まで爆弾を隠してたな。」

彼らの怒りは静まらない。

「K、あいつらは日本語で何をコソコソ話してたんだ?」

ジムの質問に対して、俺はどうやら彼らが隠し事をしている点を説明した。駐在員として日米のバランスを取る役割を担っている以上、あまり火に油を注ぐ様な発言はしたくないが、俺だって今日は頭に来ていた。なにせ、俺に図面を書けなんていう皮肉を言われた訳だ。俺にだってプライドはある。

案の定、俺の発言を聞いてジョンとジムは益々怒り出した。隠し事をしながら、一方的に3ヶ月の遅れを通告する。そして、挙句の果てには評価会の日程が成り立たない事をアメリカ側のせいにする。どう考えても、建設的な態度には思えない。

アメリカ人の怒りがようやく収まって家路に着いた時、時刻は20時を回っていた。

「このプロジェクトはどうなるのだろう。」

オレの心から徐々に怒りが消え、次は不安が襲ってきた。プロジェクトの失敗はアメリカ事業に大きなインパクトを与える。ただのコミュニケーションミスで済ませられる話ではない。

暗雲が立ち込めたプロジェクトとは裏腹に、夏のアメリカは20時でも綺麗な夕暮れを見せていた。俺は沈みゆく太陽を追う様に、田舎道を車で走り出した。

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K

共働きの妻と愛する子供を持つバイリンガルパパ(TOEIC950点、英検1級)。家事、育児、仕事と毎日忙しく奔走中。忙しすぎて風邪でダウンする事が時々ある。10年の海外営業経験を活かし、ブログでは英語学習のノウハウ、幼児英語教育(おうち英語)、海外営業の関する情報を提供しています!