海外営業物語!私の名は小磯社長

駐在員、ケンイチ26

日本経済新聞 朝刊 5月2日付

帝国再生ファンド 日本ローダー(株)社長に小磯氏任命へ

政府が株式を保有する帝国再生ファンドは、この度100%子会社である日本ローダー株式会社の新社長として、(株)オーラ等で社長歴のある小磯茂雄氏(60)を任命した。小磯氏は(株)オーラの代表取締役を2017年に退いて以降、相談役として同社の成長を後押しする役を担っていた。

帝国再生ファンド 合併推進室 松田チーフのコメント

「小磯氏とは公私共に親交があるが、熱血感に溢れ常に改革を実行してきた時代の先駆者だ。日本ローダーを世界トップ企業に成長させるには、彼の手腕が不可欠と考えている。規定概念に囚われない斬新な改革を断行し、目標達成に向けて突き進んでくれると確信している。」

アメリカ時間5月1日の夜。日本はゴールデンウィークで長期休暇中だが、アメリカ法人に休みはない。俺は自宅で新聞の朝刊をチェックしている時、日本ローダーに関する新たな記事を発見した。記事によると、日本ローダーの初代社長が決まったらしい。新聞発表によると、彼の名前は小磯茂雄。直近は製薬会社のオーラで相談役を務めていたらしい。

日本ローダーは、俺がこの先転籍するかも知れない新会社だ。その社長が決まったとなれば、必然的に興味が湧く。俺は早速自宅の机に座り、ノートパソコンを開いた。インターネットで小磯に関する情報を出来るだけ収集するためだ。

今は便利な世の中になったもので、インターネットがあれば誰に関してでもある程度の情報は得られる。小磯茂雄で検索をかけると、新社長に関する様々な記事、噂、経歴がリストアップされた。俺は一番上に表示された記事を皮切りに、片っ端からインターネット上の情報を読み尽くした。

20分以内に、俺は小磯茂雄について簡単な経歴書がかけるレベルの情報を得る事に成功した。まず、小磯はベンチャー企業に新卒採用で入社し、海外営業として働いた。ベンチャー企業自体はブラック企業並みに働くタフな会社だったが、小磯は持ち前のガッツでその会社に20年間勤め上げ、42歳の時に社長まで昇格している。勤めていた企業はベンチャー企業で歴史が浅いとは言え、42歳での社長就任は歴代最速で、この記録は今日まで破られていない。

その後、小磯は製薬会社のオーラを含めて3社勤務しているが、その全ての会社で社長になっている。3社全てで社長・・・。会社経営のプロフェッショナルと言うべきだろうか。彼の社長としての手腕だが、社長在任中に業績が上向いたのが2社、下向いたのが1社だった。サンプル数が少ないし、会社経営は必ずしも社長一人の能力だけで出来るものではない。

この情報だけでは小磯の経営者としての実力を測るのは難しい。しかし、繰り返しになるが3社で社長を任された男だ。相当なキレ者に違いない。

俺はノートパソコンをパタンと閉じて、目線を上げた。夢中になってパソコンを調べていたせいか、首と肩がこわばって痛い。俺は視線を目の前にあるブランドに向けながら、左手で首の筋肉をほぐした。ブラインドの隙間から見えるのは、夜の闇と時々走る車のライトだけだ。静かな夜である。

「明日も仕事だ。そろそろ寝よう。」

俺は独り言を呟くと、シャワー室へ急いだ。シャワーに入り、身支度を整え、ベッドに横になる。ルーティーン化している作業を淡々とこなし、静かに目を閉じた。

少し寝ただろうか・・・。ふと目を開けると、俺の前に背の低い整った顔の男が立っている。年齢は50を過ぎているだろうか。一体彼は何者だろう?俺が不思議そうに眺めていると、男は俺の方を向いて笑顔で話しかけて来た。

「君が近藤君だね。君の噂は聞いているよ、若くて優秀な駐在員だそうだね。」

俺はその口調と堂々とした態度を見て、それが他でもない小磯社長だと理解した。新会社の社長で、俺が昨日リサーチしていた男だ。

「いえいえ、大したことは有りません。ところで小磯社長、今日はどうしてアメリカにいらっしゃったんですか?」

俺は謙遜しつつ丁寧な口調で質問した。相手は得体の知れない新会社の社長だ。下手に出て良い印象を持って貰うに越した事はない。

小磯は小さな口の両端を上げ、大きな笑顔を作った。敵意の無い、愛嬌のある表情だ。流石に社長歴が長いだけあって、相手の心を掴む表情を作るのが上手い。

「今日は近藤君と直接話したいと思ってね、アメリカまでやって来たんだ。突然だけど近藤君、君は日本ローダーの業績を知っているかい?」

突然の質問に驚きながらも、俺は答えを考えた。しかし、正直言って分からない。新会社の業績は、日本重工とサンキ産業の合計であるはずだ。俺は自分の会社の業績は知っているが、サンキ産業の業績までは分からなかった。

小磯は俺に会う為にわざわざアメリカまで来たと言っている。だとすれば、これは俺を試すためのテストかも知れない。正直に分からないと答えて良いものか、疑問である・・・。

俺が迷った表情をしていると、小磯は声を上げて笑った。

「大丈夫だよ!君はまだ転籍もしていない日本重工の社員だ。新会社の業績なんて、分からなくて当然だよ。気にしないで良い。長い説明は嫌いなので、細かい数字は省いて、答えを教えよう。日本ローダーの今の業績は、三流企業レベルだよ。」

小磯は嬉しそうにそう説明した。笑顔の表情とは異なり、彼の発言はかなり刺激的だ。

「三流企業・・・?」

この男は、たった今日本ローダーが三流企業だと言ったのだろうか?俺はサンキ産業の業績を知らないが、少なくとも日本ローダーの業績の半分以上は日本重工の産業機械部門が築き上げたものだ。新会社のトップとして従業員を盛り立てる立場にある男が、従業員に面と向かって「君は三流企業出身だ」と言うだろうか?彼は俺の心を掴んで、是非転籍するように説得する立場にあるのではないのか?

俺が不思議な顔をしていると、小磯は話を続けた。

「ビジネスは収入と収支の2つで成り立っている。収入と収支、このたった2つの要素しかないんだよ。ところが、日本ローダーはこのバランスが悪過ぎる。まず、無駄な費用がとてつもなく大きい・・・。例えば、駐在員の福利厚生とかね。」

驚きの余り声が出そうになったが、俺は必死に堪えた。この男は、駐在員の福利厚生が過剰過ぎると言ったのか?もしかして、駐在員の生活水準を下げる為にアメリカに来たのだろうか?疑問は次々に湧いてくる。

しかし忘れてはいけない。彼は俺を試しているのだ。ここはポーカーフェイスを装って、何食わぬ顔で小磯の話を聞き続けなければならない。弱みを見せたら負けだ。

「私が調べたら、日本ローダーには全世界で駐在員が40名いるんだ。この数は、この会社の売上規模で考えると特に変ではない。これは良い事だよ。」

小磯は俺の目を真っ直ぐに見た。まるで俺の心を読もうとしているかの様だ。俺は目線を外したい衝動を必死に抑えた。

「でもね、駐在員は厄介なんだよ。自分達を会社のエリートだと勘違いして、手厚い福利厚生を受けて当然だと思う傾向があるからね。調べた所、近藤君の家の家賃は1400ドルだそうだね。日本円でおよそ14万円。高いと思わないかい?」

俺は心が鷲掴みにされる感覚を覚えた。声を出そうと思っても、上手く音に出来ない。ポーカーフェイスを貫かなければならないのは理解しているが、俺の額からは冷や汗が流れている。我慢の限界だ。恐怖心を抑えられない。

「アメリカの家賃相場が高いのは知ってるよ。家賃の半分は政府の税収だそうじゃないか。だから、ある程度の家賃は仕方ないと私は思ってるんだ。」

小磯はずっと俺の目を見ている。一瞬たりとも視線を外さない。

「でもね、近藤君。君は志願してアメリカ駐在を希望したんじゃないか?経験を得る為に、敢えて茨の道を選んだんだろう?それなのに、14万円の家賃は流石に高過ぎるとは思わないか?」

「いや、それは・・・。この辺りでは、これ位が駐在員として妥当な家賃だと言われて・・・」

俺は腹の奥底から声を絞り出す様に答えた。日本重工の規定では、単身の駐在員は家賃が1700ドルまで認められている。その規定と比較すると、今の家賃が高いとは到底思えない。

「妥当と言うのは、どの会社と比較して言っているのかな?真心製薬みたいな売上高3兆円規模の大企業かい?だとしたら、その判断は間違いだよ。日本ローダーの規模は、真心製薬の売上の5分の1以下だ。いつまでも自分が日本重工みたいな大企業にいると思っていると、日本ローダーみたいな中小企業は倒産するよ。君は会社がなくなっても良いのかい?給料がゼロになるんだよ?」

俺は力なく下を向いていた。ポーカーフェイスはとっくに崩れており、顔からは容易に恐怖心が見て取れる。自分の年齢の倍は生きている人間に全力で議論されたら、勝てるわけがない。まして、相手は新会社の社長だ。俺は汗が額をつたるのを感じながら、ただ黙っていた。

「近藤君、君には期待しているよ。私の目が確かなら、君は優秀な駐在員になれる。その為には、家賃は1000ドル以内に収めるんだ。」

不思議な夢はそこで終わった。目が覚めた時、俺の頭は汗でびっしょり濡れていた。

ジョンへの連絡

翌日、俺は事務所に到着するなり、ジョンの部屋へ直行した。日本の新聞発表はすぐにはアメリカ人の耳に伝わらない。入手した情報を現地人の上司、ジョンへ届けるのは、俺の役目だ。ジョンの部屋へ速歩きで向かうと、彼の部屋のドアが空いているのが見える。どうやら彼はもう出社している様だ。中を除くと、早くもパソコンで何か作業をしている。

「おはよう、ジョン。新会社に関する新たな情報を掴んだよ!」

俺は部屋に入るなり、ジョンに向かって話し始めた。パソコンから顔を上げたジョンは一瞬キョトンとした顔をしたが、俺が合併について話している事に気づくと、すぐに席を立って俺の所までやって来た。ジョンの部屋には作業用のデスクの他に、打ち合わせ様の小机と椅子が用意されている。彼は椅子を指差して俺に座る様に指示すると、笑顔で答えた。

「やあ、ケン。調子はどうだい?朝からニュースを持って来てくれたようだね。」

ジョンはそう言うと、すぐに無言になった。俺の話を今すぐに聞きたいのだろう。俺が話を始める様に促している。彼の青い目は真剣そのものだ。

「日本で昨日新聞発表があったんだ。日本ローダーの社長は、小磯茂雄に決まったらしい。」

俺は小磯に関してインターネットで調べた内容を早口で説明した。ベンチャー企業で頭角を表して社長になって以降、他の2社でも社長を歴任している点。そして、直近は株式会社オーラで相談役を務めていた点だ。ジョンは俺の話を熱心に聞いている。俺が話を終えると、彼は引き続き数秒黙って俺の顔を見続けた。まるで、まだ新しい情報を聞きたがっているかのようだ。数秒たって俺がこれ以上の情報を持ち合わせていない事を確認すると、彼はゆっくりと口を開けた。

「ケン、本当に良い情報をありがとう!これは恐らくピーターも知らない新情報だと思う。社長の名前が分かれば彼のバックグラウンドも調べられるし、この会社にとって非常に有益な情報だ。」

彼は笑顔で言った。笑顔の裏には、安堵した表情が見え隠れしている。ジョンも不安な気持ちなのは一緒だ。俺が共有する情報が少しでも現地人のためになるのであれば、俺が駐在している意味もあると言えるだろう。俺は少し誇らしげな気持ちになった。

ふとジョンの顔を見ると、彼は何やら考えている様子だ。少し考えた後、彼は再び俺の目を見た。何かを決断したようだ。

「ケン、次の月次営業会議は今週の金曜だったね。会議の場で、合併について君が知っている情報を管理職に説明するのはどうだろう?さっきも言ったが、ピーターを含めて我々には日本の最新情報が届きにくい状況にある。会社の幹部が知らないんだから、一般のマネージャーには分からない事だらけだ。彼らは日本重工が合併すると言う事実だけを知っていて、とても不安がっている。君の情報があれば彼らも安心出来ると思うんだ。」

そう言うと、ジョンは俺の目をじっと見た。彼は俺に指示を出しているのではない。俺に助けを求めているのだ。ジョンの言う通り、誰しも不安を持つ気持ちは一緒だ。アメリカ人社員の場合は情報が届かないだけに、一層不安だろう。彼らの助けになるのなら、この依頼を断る理由はない。

「分かったよ。金曜日までにもっと情報を集めて、合併ついて説明できるように準備しておくよ。」

ジョンは久しぶりに大きな笑顔を見せた。

新社長 アメリカに現る?

三社合併の件が明るみに出て以来、俺の日々は目まぐるしく過ぎる様になった。日中は通常の業務を行い、帰宅後は合併に関する情報を収集する。そして夜はベッドに寝転びながら、自分の将来について考える。TO DOリストは積み上がるばかりで、一向に減る気配がない。

月次営業会議当日の早朝、俺の携帯は朝5時30分に容赦なく鳴り響いた。急に現実世界に引き戻された俺は、しかめっ面をしながら周囲を見回した。細めた目からは、いつもと変わらない部屋の天井が見える。誰かから電話だ。

俺は携帯に手を伸ばし、iPhoneのスクリーンを見た。画面には「千歳」と表示されている。俺はぼんやりとしながら、同時に妙に納得した。それはそうだ。こんな早朝に電話をかけてくる世間知らずは、千歳しかいない。

俺は眠い目を擦りながら、通話ボタンを押して携帯を耳に当てた。

「近藤、早朝に悪いな。今日はお前にビッグニュースがあるぜ。来たんだよ!あいつが!事務所に来たんだ!」

千歳は興奮の余り、話している内容が意味をなしていない。

「落ち着けって、千歳。誰が事務所に来たって?」

朝から大声を聞かされた俺は、少しイライラしながら左手で目を擦った。誰だって寝起きに意味不明な話を聞かされたら、不愉快になる。俺は何も悪い事をしていない。

「社長だよ。小磯だ!」

千歳の答えを聞いて、俺は一瞬フリーズした。「小磯社長が日本重工の事務所に来た」と千歳は言った。「何故だ?」「一体何のために?」「どうして急に?」俺の頭の中は湧いてきた質問で爆発しそうだった。今となっては、千歳の興奮も頷ける。俺は出来るだけ落ち着いた声で質問した。

「そりゃビッグニュースだ!でも、一体何しに来たんだ?随分突然だな。」

「新会社社長としての人事が一般開示されたので、従業員の顔を見に来たらしい。早く事業について理解を深めて、経営の舵取りをしたいんだろう。社長歴は長いけど、産業機械に関しての知識は一切持ってないから、勉強してるっぽい。最初はうちの幹部が事業の説明をして、その後従業員を集めてスピーチして帰って行った。同じ事を明日、サンキ産業でも行うらしい。社長人事の発表があったのが一昨日だから、相当スピード感のある社長だな。せっかちそうだったぜ。」

千歳はそう言うと、少し無言になった。スピーチの内容を思い出しているのだろう。俺には質問したいことが山ほどある。

「なるほどな。で、小磯の性格はどういう感じなんだ?インターネットで見る限り、メガネをかけたインテリっぽく思えるが・・・。」

俺はインターネットで小磯について調査する内に、オーラ社長時代の小磯の写真を見つけていた。身長は約160センチの痩せた男で、顔には年齢相応のシワが顔に刻まれている。髪は短髪で、スーツをビシっと着こなしている。歳は取っているが、昔はそれなりにハンサムだったに違いない。

「同僚とも話したが、人によって感じ方が違うからな。一概には言えない。ただ、俺が受けた印象は、知的、冷徹、この2点かな。何事も理詰めで物事を考えるタイプで、成功のためには手段を選ばない。そんな印象だった。会社は給料を払っているのだから、従業員も多少犠牲を払ってでも会社に尽くすべき、みたいな発言をしてたぜ。ちょっとブラック企業っぽい発言だよな。」

俺は少し怖くなった。頭の中では、昨夜の不思議な夢が再び再生されている。従業員の家賃補助を下げ、生活水準を下げさせてでも、会社を優先する。小磯はそんな冷徹な男なのだろうか・・・。

「まあ俺が受けた印象はそんな感じだ。第一印象は余り良くなかったなあ。本性を隠している様な印象を受けたよ。それと近藤。小磯の奴、来週そっちに行くって行ってたぞ!」

驚きのあまり、俺は持っていた携帯を落とした。

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共働きの妻と愛する子供を持つバイリンガルパパ(TOEIC950点、英検1級)。家事、育児、仕事と毎日忙しく奔走中。忙しすぎて風邪でダウンする事が時々ある。10年の海外営業経験を活かし、ブログでは英語学習のノウハウ、幼児英語教育(おうち英語)、海外営業の関する情報を提供しています!